奄美との出会い(2003/12/06-09奄美旅行)

(始めに)旅のきっかけ

10月に私は元ちとせさんのオフィシャルサイトで奄美大島でのコンサートが12月7,8日の二日間催されるというニュースを知った。奄美大島は元ちとせさんの生まれた島だ。私も鹿児島生まれなのだが、奄美大島には行ったことがなかった。彼女のような歌い方を育む土壌はいかなるものなのか。いてもたってもいられず、奄美行きの航空券、宿泊先、8,9日の有給申請を瞬く間に手配してしまった。コンサートのチケットは発売時間直後にローソンのロッピーでボタンを連打して購入した。後は行くだけ。自分でも珍しく迅速な行動。でも旅の予定は出発直前まで何も考えず。何とかなるさ。

2003年12月6日

奄美空港に到着

羽田空港から奄美空港に到着。気温19度。ちょっと蒸し暑い感じ。空港のいたるところに熱帯の植物が植えられており、まるで植物園のよう。うろうろしているうちにほぼ一時間に一本しかないバスに置いていかれる。最初から時間ロス。次のバスは沖縄発の便が到着しないと出ない。しかもその便は遅れているらしく、結構待たされる。空港の前はグランドゴルフ場で、丁度、成績発表と表彰をやっているところだった。盛り上がっていた。空港にあった観光用の看板を見て笑ってしまった。島の沿岸の至る所に泳いでいる人が描かれていたからだ。泳ぐところはさすがにたくさんあるらしい。冬でも泳ぐのかな?

名瀬市へ

バスが来た。今回お世話になる旅館は名瀬市にあるので取りあえず、名瀬市へ向かう。今回の旅行では元ちとせさんのコンサートに7、8日に行くこと以外、何も決めていない。一人旅だし、時間をロスしたところで誰にも迷惑をかけるわけでもない。ものすごく気が楽な旅だ。考えてみれば、一人旅は初めてではないだろうか?大学受験で鹿児島から東京や茨城へ行ったことはあるが、せいぜいホテルと試験会場を往復する程度だ。奄美の中心都市である名瀬市は空港からバスで50分ほどのところにある。結構待ったのに乗り込んだのは私を含めて5人ほど。しばらく揺られていると、さとうきび畑と青い海が見えてきた。景色を見ているだけで胸が高鳴る。自分が生まれた鹿児島県出水郡もかなりの田舎で風景は似ていなくもないが、生えている植物は全く違う。蘇鉄ぐらいは小学校にもあったが。名瀬市への50分ほどの間に天気はころころ変わる。晴れたり曇ったり雨が降ったり、島の人いわく、これが島の天気なのだそうだ。

旅館に到着

二時半ぐらいに名瀬市の営業所前に到着。今回お世話になる、たつや旅館は徒歩一分なのだそうだ。絶好の立地!すぐに見つかる。チェックインは3時からだったが、女性のスタッフの方が丁寧に迎えてくれる。この時点ではおかみさんやご主人がどの人なのか分からなかった。部屋についてしばらくぼーとする。部屋のテレビはケーブルテレビでチャンネルもわりとある。備え付けのCDコンポの上には元ちとせさんのCD。ネットでの情報どおりだ。ちょっと聞いたりしてみる。明日は生声が聞けるのにね。

マングローブパークへ

何の計画も立てていない旅行だったので空港で買ったガイドブックを見てしばらく考える。しかし決められず。取りあえずバス停へ行ってみると、ちょうど古仁屋行きのバスが出るところだったのですかさず乗り込む。古仁屋は奄美大島の南の端だ。行ってみるか。しかし、バスの中でパソコンを開いて、バスの時間を見ているうちに、私は果たして帰ってこれるのだろうかと心配になる。どこか途中によい場所は無いだろうかと探していると、マングローブパークというところがあった。これならちょうど良い距離だし、観光名所でもあるようだ。

初食事

ところでお腹が空いた。どこかに出かけたら、なるべくそこでしか食べれないものを食べるというのが私のモットーだ。今回は奄美独特のメニュー以外は口にするまいと決意していた。空港に喫茶店があったが、日本のどこでも食べられるような普通のメニューだったので、腹は減っていたが我慢した。マングローブパークについた。真っ先にレストランへ。中を見たらお客どころか店員の姿も見えない。しかし、厨房で声が聞こえたので、「すいません」。女性店員が出てきた。一応聞いてみる。「やってます?」やっているというので庭に近いテーブルに一人座り、メニューを眺める。「長寿丼」というものがあった。海老、芋、もずく、ゴーヤ、うこんの天ぷらが入ったものらしい。それを頼む。おいしい・・・。こういうところの食事なのにかなりおいしい。こういうところというのは、いささか失礼かもしれないが、こういうあまり広くない公園やテーマパークの食事は経験上あまりおいしかった試しがなかった。もずくの天ぷらは初体験だ。外はからり、中はどろりとしている。うまい。付け合せで出てきた味噌味のおかずがこれまたよい。あっというまに平らげる。なんせ腹が減っていたのだ。

マングローブ

食事が終わったのでパーク内を散策、受付の人がまず、展望台に上られたらいかがですかというので行ってみる。なんかそれらしい乗り物が見えてきたので近づくと、近くの建物から人が出てきて案内してくれた。まるで遊園地の乗り物のような車両で展望台へ「カン、カン」と上っていく。展望台からはマングローブの森が一望できる。まるでテレビで見るアマゾンの辺りのような光景だ。100円で見る例の望遠鏡でしばし眺める。10分ぐらいして係り人に声をかけ、また「カン、カン」と下っていく。係りの人は、客が帰りますというまで展望台で待っているのだ。今度は建物の中に入ってしばらく模型なんかを見ていると、そばのガラスの箱の中で何かが動いている。ハブだ。鹿児島にもこれくらいの大きさの蛇はいたが、ハブは頭が大きい三角形なのが特徴。餌を食べている瞬間としてねずみをいただいているハブの写真が置いてあった!さて、まだバスが来るまで時間がある、ぶらぶらしていると係りの人が私のために、もう終わっていたスライドを上映してくれた。ありがとうございます。バスの時間が迫ってきたので外へ出る。そこで衝撃的な事実が。バス停がない。いや、確かにマングローブパークの前で降りたのだが・・・係りの人いわく、「バス停は、ありません。立っていると止まってくれますから」なのだそうだ。もう、外は真っ暗。不安に駆られながら、バスを待つ。山の中で明かりも少ない。通る車は私が立っているのでライトを上向きにしてくる。ちょっと恥ずかしい。予定時刻を過ぎること10分。来た。本当に来た。おーい止まってくれと手を振る。止まった。本当だったのだ。帰りのバスの中で、バスだと奄美を回るのに不便かな?と思い始めていた。

晩御飯

旅館に戻ってきた。部屋に置いてあった説明の紙を見ると不定期に旅館のご主人主催で黒焼酎の会が催されるそうだが、やっているのだろうか?なんかそれらしい明かりも見えるけど。迷ったが、どのように参加したらよいのか分からず、外へ出る。奄美の料理を食べねば。町に出て島唄が聞ける居酒屋はないか探してみる。本場の島唄が聞ける居酒屋に行きたかったが予約が必要な店がほとんどだった。しょうがないので近くの郷土居酒屋に入る。「島人(しまんちゅう)」という店だ。そこで「亀つくり?」という黒糖焼酎と炭火焼鶏飯、油ソーメン、島だこの刺身を頼む。焼酎をロックで頼んだところ、なんか隣の人からとげとげしい雰囲気が。少し飲んでみる。濃い!普通の焼酎より味が濃い感じだ。その焼酎が30度あったということもあるだろうが・・・その直後、「おい、この兄ちゃんに水をやってくれ」「!?」「島の焼酎は薄くして飲んだほうがうまいんだよ」知らないので、おとなしくそのとおりに飲むことに。うーむ、いつも酒の飲み方なんて考えずにがばがば飲んでるからな。作法の勉強もしないといかんかな。(後でこの話を島の人にすると飲み方なんかこちらの勝手なのにと聞いた人みんながそういっていた)さて、料理の味のほうだが、鶏飯は確かにおいしいものの、鹿児島の田舎で鳥のだしを使った料理はよく食べていたので、あまり驚きはなかった。でも、食べ方がこっているので、楽しめる。熱い鳥スープが鉄鍋で運ばれてきてそれを具をのせたご飯にジャブジャブかける。具は鳥、卵焼き?、パパイヤの漬物、ねぎ、レモンの皮の細かいの少々。ただ運ばれてきたものを食べるのではなく、こちらで一作業ある食べ物というのは楽しい。同じ理由で石焼ビビンバが好きだ。あと、油ソーメンというのを食べる。ソーメンを焼きそばのようにいためてある変わった料理。具に煮干とかが入っていておいしい。麺がソーメンなのであっさりとしている。最初は頼みすぎかなと思ったがするする入ってしまった。食べ終えたので旅館に入ってホームページに投稿して寝る.

2003年12月7日

金作原

昨日のうちにツアーを一つ申し込んでおいた。バスだけの観光はちょっときびしいかなと思ったのだ。場所は金作原。他にもマテリアの滝や湯湾岳に行くツアーもあってそちらにも行きたかったのだが、車両が出払っていてだめだとのこと。なんか元さんの撮影関係でも使われているらしい。金作原ならOKということでそれに申し込む。3時間で3000円だ。朝の9時ぐらいに旅館まで迎えに来てくれた。同じツアーに参加する人がすでに車にのっている。みなさん女性だったので緊張する。ガイドの人はがたいの良い人だったが、さすがに喋りがうまい。金作原は市内から車で30分ほど。狭い道をがたごと登る。途中で樹齢 600年という木の前で、「強制はしませんが、心の中ででもあいさつをしてください、奄美の人々は島の数%の面積に住まわせてもらっているにすぎません。森は森の生き物達の、海は海の生き物達のものです。人間同士でも他人のうちに行く時はあいさつをしますよね。それと同じことです」のっけからちょっと感動する。心の中で失礼しますとつぶやく。そこからしばらく行って、車を下りみんなで歩く。よそでは見られない珍しい木々の宝庫だ。シダ植物が多く、まるで太古の世界だ。奄美では日本のだったか、世界のだったか、鳥の総種類のうち、かなりの種類の鳥を見ることができるそうだ、ちなみに蛙もそうなんだと。 10種類ほどの木についてガイドしてくれた。中には物騒な木もあったが。こんな話もあった。内地では蘇鉄はお金を失うという意味で縁起が悪いと考える人がいるけれども、奄美の人は失った金が蘇ると考えてるので反対に縁起が良いものなのだそうだ。森から帰ると黒砂糖とグァバ茶で一服。おつでやんす。この黒砂糖(水間精糖の黒砂糖)がものすごくおいしかったので会社の人達へのお土産はこれにするかなと考える。

昼ご飯

金作原から帰って、一緒にツアーに参加した人と「鳥心」というところで、昼ご飯を食べる。焼き鳥、鶏飯、アバサのから揚げ。アバサとは針千本のこと。食べた感じは魚というより鳥みたい。ぜんぜん抵抗なく食べることができた。鶏飯は昨日も食べましたがやっぱりおいしいね。

拝み山へ上る

金作原のツアーの後、中途半端に時間が空いてしまう。そこで旅館のだんなさんとおかみさんにどこかちょっと行ける所はありませんか?と聞くと、「拝み山」がいいのではというので、そこへ行くことに。おかみさんに場所を尋ねると、2Fの窓から外を指差し、「あっち」という。あっち・・・ね。どれが拝み山なのやら。まぁ行けば分かるだろうと、「あっち」へ向かう。15分後・・・迷う。近くを歩いていたおばあちゃんに聞くと、快く教えれくれ、(これが、ほんとに快く、なのだ)山の入り口まで付いて行ってくれた。登り始めて5分。早くも息が上がる。結構な勾配だ。ハブなんかはいないのだろうか?夕方なので、すぐに暗くなるからと頂上まで行くのはやめた方がと言われていたが、結局登ってしまった。中学生ぐらいのカップルがいたが、しょうがない。邪魔してスマン。頂上から名瀬市を眺める。素晴らしい眺めだ。強めの風の中、両手を横に広げる。気持ちいい!奄美の自然に少しでも多く触れたかったので、こういう場所に来れた事がとてもうれしい。奥には社のようなものがあるようだったが、しばらく進んで、ハブが心配になり、引き返す。日も暮れてきたし。さぁいよいよコンサートだ。

元ちとせー冬のハイヌミカゼー一日目

今回の旅のメインとも言える、奄美文化センターでの元ちとせコンサートー冬のハイヌミカゼー。1F18列34番。奄美文化センターは名瀬市街からタクシーで10分ほど行ったところにある。声ががんがん響くよい場所。東京で見たコンサートにはない演出もあって興奮する。もちろん現地の言葉も飛び出すが意味は分からなかった。同じ鹿児島でもまったく分からない。イントネーションはどことなく似ているが。

コンサート曲目1、コトノハ2、トライアングル3、?4、オーロラの空から見つめている5、月齢17.4 MC 奄美の方言であいさつ。分からん。6、ハイヌミカゼ7、君ヲ想フ8、百合コレクション MC 9、ひかるかいがら(最後の歌詞を「今日のこの日を思い出せるように」に変更)10、?(ほとんどアカペラ)11、37.6 12、精霊 MC 13、この街14、サンゴ15夜15、心神雷火 MC ハイヌミカゼ隊の紹介16、散歩のススメ17、ハミング・バード18、音色七色19、ワダツミの木20、千の夜と千の昼アンコール21、三線の弾き語り(すらよい節)22、いつか風になる日23、ウルガの丘アンコール23、おやすみ

2003年12月8日

奄美を爆走!(笑)

やはりレンタカーを借りないと十分に回れないなぁと思ったので、今日は旅館でレンタカーを借りて回りました。まず、奄美文化センターの隣にある、資料館へ。今年は奄美が日本に復帰して50年記念ということでいろいろイベントが行われているみたいです。展示品のなかに奄美の神女ノロが着るという神衣がありました。元ちとせさんがコンサートで着ている衣装もノロのイメージなのかな?次に大浜海洋公園と奄美海洋展示館に行きました。展示館の客はその時間僕しかいなかったみたいで、かわいい女性の係の方が一緒に歩いて案内してくれました。奄美の魚はほんとうに色とりどりで美しいです。次に向かったのは、マテリアの滝。これまた誰もいませんでした。散策コースがあったので、先に進んで行きましたが途中で草に通路が覆われて進めなくなっていました。マテリアの滝から宇検村に抜けて、瀬戸内町へ。ここには古仁屋という場所がありますが、昔そろばんの鹿児島県大会でそこの珠算塾がよく来ていました。紫の鉢巻が印象に残っています。ここから来ていたんですね。ヤドリ浜でサンゴと貝殻をせっせと拾いました。コンサートが始まってしまうので名瀬市へ。名瀬市内へはすんなり帰れましたが、渋滞にはまり、コンサートの開始ぎりぎりに到着。今日、回ったコースを地図で見てみたら奄美の半分ぐらい走っていました。よくがんばった。

元ちとせー冬のハイヌミカゼー二日目

二日目です。曲目は大体一日目と同じでした。しかし、アンコールで歌った島唄の曲目が分からず。情報求む。(くるだんど節だそうです。ORIさん Thanks!)今回のコンサートでは、ステージ上で炎の演出があったり、銀テープが観客めがけて打ち出されたりして仕掛けもちょいと凝っていました。元ちとせさんのお母さんにもちょっと声をかけることができました。大変きれいな方でした。Sさん教えてくれてThanks!Sさんは青森からおばあちゃんと一緒にコンサートに来ていてほんとうにおばあちゃん孝行な人です。旅館の人もしきりに感心していましたよ。昼間拾った貝殻とサンゴをあげました。「ひかるかいがらを〜あなたにあげよう〜・・・」なーんてね。今回のコンサートでは一日目も二日目もちょっと声がかすれ気味かなという印象を受けましたがやはり素晴らしいものでした。今回も出た、「次で最後なんですけど・・・うそです」ねた!散歩のススメの時、ちとせさんの「お散歩は立ってしましょう!」という言葉をきっかけに初体験のオールスタンディングに。一日目は立つ人もぱらぱらだったのが一転!後、すてきだったのが最前列の人がやっていた、手踊り拍子!いらっしゃいと招くような仕草がとても良かった。さすが地元です。私もできるようになりたいです。ほんと一生の思い出になりました。帰りにステージで本人も宣伝していたカレンダーを購入しました。今泊まっている旅館にも元ファンが集まっていたようで、オフ会も行われていたようです。

コンサート後

コンサート後、旅館の人に一品軒というラーメン屋を教えてもらい「野菜ラーメン」を食べました。とても懐かしい匂いと味がしました。親父が飲み屋を歩いて最後にしめで入っていた鹿児島の出水のラーメン屋の匂いと味がしました。出水の「二八」というラーメン屋は今もあるのかなぁ。その後は旅館の人たちと黒糖焼酎を飲みながら話して楽しいひと時を過ごしました。本当にいい旅館なのであまり宣伝したくなくなってしまいました。また、奄美に来ることがあったら他の旅館はちょっと考えられないですね。とても感じの良いご夫婦です。奥様が猫(さんごちゃん?)に「お子ができたの〜?」と何度もいっていたのに、言い方も面白いのですが、深い愛情を感じました。同じ猫好きだから分かります。今度は沖縄で旅館をやる予定なんですって。できたら必ず行きます。必ず。

2003年12月9日

再びレンタカー

朝10時ごろ旅館のおかみさんとスタッフの女性に別れを告げ、青森のSさんとそのおばあちゃんと一緒に出発。本当に良い旅館だった。お世話になりました。バス亭でバスを待っていたら、バスの時間を間違えていたことが判明。次のバスまで一時間以上待たなくてはならない。そこでレンタカーを借りようかということに。近くにレンタカー屋があり、空港で乗り捨てが可能だ。バス亭で50か60歳ぐらいの男性の外国人の人と会う。NOVAでの勉強を生かしてちょっと喋ってみた。切符の買い方とかもサポート。奥さんは日本人らしいのだが、今一人で旅行していてアメリカの方に帰るところなのだとか。ただ、今日は羽田空港の待合室で泊まることになりそうだと言っていた。そんな無茶な。私と同じ便で帰るのでまた空港でと言って、レンタカーでSさん、おばあちゃんと一緒に奄美パークへ。途中でビッグ2というディスカウントストアに立ち寄る。地元の人にとって大変便利な店らしいが、土産ものを買うのにも良いという情報を得ていた。2ということは1もあるのだろうか?愛知県の私が住んでいた場所の近くにも同じ名前の店があったような・・・5000円以上の買い物をすると全国どこへ発送しようとも送料が無料になる。お得だ。ただし、到着日数はそれなりにかかる。火曜日に送ったが、神奈川に着くのは土曜日ということだ。

てっちゃん

お昼ご飯を食べるところを探していると、空港へ行く途中に「てっちゃん」という店があった。確か、ガイドブックにも載っていた店だ。Sさんは鶏飯を食べたいとのことでそれを注文。私は鶏飯をすでに2回も食べていたので鶏飯ラーメンというのを注文する。また、鶏の刺身を食べたことがないというので(鹿児島では割と良く食べる)それも注文。鶏飯ラーメンは鶏飯のスープを使ったラーメンだ。スープが非常においしいのでラーメンにしても最高だ!刺身もおいしかったがSさんとおばあちゃんは、ほんとうに食べれるのだろうかとこわごわ食べていた。やはり、なかなか慣れない味のようだ。ちなみに実家ではキジの刺身も食べている。にんにくやしょうがをつけて食べる。大変おいしい。実家に帰ると必ず食べている。

奄美パーク

空港から、車で5分ぐらいのところに奄美パークという奄美の自然や習慣をテーマにしたパークがある。そこで、奄美の島唄に合わせて踊れるコーナーがあったので画面の指示どおりにSさんと踊る。画面に自分達が合成され、あたかも島の人たちと一緒に踊っているかのような気分が味わえる。所々に奄美の家と人々を再現したものが設置されており、人形が奄美の方言を喋ったり、島唄を歌ったりする。お爺さんの人形ががケンムンという妖怪にまつわるいくつかの話をしてくれるコーナーもある。ケンムンとはかっぱに似た妖怪のことだ。やはり、言葉が違うのでところどころしか聞き取れない。ちなみに私の故郷の鹿児島県出水郡高尾野町の民話でもケンムンにまつわる話を読んだ記憶がある。その時の話ではケンムンが人間を八つ裂きにしてしまう話だったと思う。奄美パークに用意されている話にはそこまで残酷な話はなかったようだ。
さとうきびジュースが飲めるというので注文。注文すると、目の前でさとうきびを機械でがりがりと粉砕し、搾り出したジュースを飲むという迫力の一品だ。草の匂いがして甘くさわやかな飲み物。

あやまる岬

西郷さんが暮らした場所へ

(終わりに)奄美の遺伝子

奄美大島から帰ってきた。なぜだか、最後のほうは、現地の人から笑顔をもらうだけで泣けてくる感じがした。とてもいい笑顔。初日に行ったマングローブパークで見たビデオでマングローブの種子?は木から落ちて川を流れて、奄美の遺伝子を持って遠い遠い地で根を下ろす、という話が印象に残っている。はっきりいって元ちとせさんの歌が聞きたいとミーハーに端を発した今回の旅行だったが、とても心に残る旅であった。森に入るときに森の長老の木にあいさつをすることを勧めてくれ、車に驚いた鳥が飛び立つ度にも毎回挨拶していた金作原ツアーのガイドさん。圧倒的な自然の姿とそこに生きる自然をも人も尊重して生きる人々の姿は本当に心に染みた。人が暮らしていく上で手本にしなければならないいくつものことが奄美にはあると思う。内から滅びたくなければ、もっと真剣にそのエッセンスを研究するべきではないか?私も人の笑顔を見て泣きそうになった気持ちを大事にしたいと思う。それこそ、マングローブではないが、奄美から持ち帰った大切な遺伝子なのだから。


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